生きる事 死ぬ事

 最近、私かレナ(ルームメイト)のどっちかがご飯を作って、一緒に食べる事がよくあって、楽しい。昨日もそんな感じで食事をしながらいろいろ語り合った私達。

「人生何が起こるか分からないよね〜」

昨日は彼女の歴史について話してくれた。
レナのお父さんは別に結婚していて、その奥さんと別れてレナのお母さんと一緒になろうとしたけど、その奥さんが精神的におかしい人だったので、レナのお母さんは身を引いたのだそう。そのかわり、あなたの子供が欲しいわよ ってんで、レナを妊娠。
レナが3歳くらいの時にお父さんは亡くなった。だから、レナは覚えていないんだそう。

ラトビア共和国出身の彼女は国がその昔ソビエト連邦から独立した時代をもろに経験している。当時18歳、絵の学校を卒業したての彼女はその経済変動の大波に乗って、毎日ひたすら絵を描き続け、それを売って生活していた。本物の絵描きだ。

彼女の父親もプロの絵描きでその才能は父親譲り。

私達の住むベルリンのアパートにも彼女の描いた絵がいくつか飾ってある。

レナはその後いろいろ国を転々として、彼氏(内縁の夫)と出会い、ピエロを始め、そこからどんどんピエロの世界へと入って行き、今はそれだけを仕事としている。

「人生何があるか分からないわよね〜」

と。

ま、そりゃそうだけど、私はピエロには多分ならないけどね。。。

自分の人生、自分の意思でコントロールしてるなんて思ったら、大間違えだ。私達はみな、生かされているんだよ。だから、生まれる時期も場所も死ぬ時期だって、決められない。
私の父は39歳で3人の子供と妻を残して逝った。

若いよなー と今だから思う。

例えば、普段と変わらず家を出て、会社に行く途中で交通事故にあって亡くなるとか、友達と買い物にでかけて、通り魔にあって、殺されるとか、

生きているという事は死ぬ時が来るという事。

そうやって思うとどんなに健康で五体満足でも私達はみんな実は毎日死と隣合わせで生きている。

がん告知とかされて、「余命3ヶ月です」とかって、期限を決められると一日一日がとても重く、大切になるそうだ。

だけど、本当はいつもそうやって日々を大切に生きていないといけないんじゃないのだろうか。
「明日死んでも悔いはないわ」と、毎日思えるように生きないといけない。
身近な人が亡くならない限り、死というものの現実味が湧かない人が多すぎるのかもしれない。

だから、私が思う事、、

やりたい事は今やる。今を後ろ向きに歩いている人に良い未来は来ない。

ないものねだりをするのはやめて、今自分が持っているもの(人)に感謝していこう。だって、ないものはないのだ。

私の大好きな映画、是非機会があれば、見て欲しいな
英語のタイトルだと、My Life Without Me
で、日本語だと今知ってびっくり「死ぬまでにしたい10の事」

そして今日の聖書の句を一つ。

マタイの福音書6章
“あなたがたのうち誰が、心配したからといって、自分のいのちを少しでも延ばすことができますか。何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。天の父はそれがみなあなたがたに必要である事を知っています。だから、明日のための心配は無用です。明日の事は明日が心配します。労苦はその日、その日に十分あります。”

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mixiコメントありがとう。
オカネが入ったため
今日は普通にごはんを食べました。

会社の食堂には、何十種類のおかずがならび、ごはんも盛り放題、
サラダもつけ放題。食料難とは思えないほどの贅沢ぶりです。
日本は急激な物価高に見舞われて、いろんなものが入手困難に
なってるよ。食堂にある、きれいに整然とならんだおかずやごはんを見てると、そんなこと信じられないんだけどねぇ。

日記、楽しく読みました。
旧ソビエト時代を経験したって、すごい人がいるのね。
画家として生き延びてきてるとこがスゴイ。

「生かされてる」ってことに関して、
今は何でもすぐに手に入るから、それが当たり前になっていて
人生を自分の力でコントロールしていると思ってしまうし、
実際、私もそう思っていたよ。
でも、すんごいつかれるのね。

「生かされている」ていう感覚をもって、日々のことを大事にして
生きていくって、シンプルでとてもいいね。

そう思うと、肩肘はらず、がんばりぎず
もっと大切に生きようと思える気がします。



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